更新 : 2017/08/12
公開 : 2006/09/20
車両 > 車両紹介 > 3000・3050・3070型
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▲ 晩年の3000型の車内
 1925〜1945(大正14〜昭和20)年代までに製造された旧型電車を車体更新させた車両で、主電動機や制御機器類の違いから、3000型、3050型、3070型の3形式に分けられていました。3000型と3050型との併結運転は可能ですが、3070型は主電動機や制御方式などの違いから単独運転とされていました。
 車体は2000型に準じた18m3扉車ですが、前面は登場時の8000型に準じていました。車内も8000型に準じていましたが非冷房で、スピーカーや蛍光燈を少なめに設置するなどの簡素化が図られていました。
3000系列は支線の車両の近代化と乗降時分の短縮に大きく貢献した車両でした。
3000型
3120号編成ほか6連
撮影日 : 1987年頃
撮影地 : 東武野田線
撮影者 : エムジェー様
3000型(3101〜3130号編成/4両固定・3501〜3507号編成/2両固定)
 通称「Dickkerr(デッカー)」と呼ばれていた32型(主電動機の出力97kw)電車を車体更新させた車両で、1964〜1971(昭和39〜46)年にかけて、4両固定30編成、2両固定7編成が更新されました。更新当初の形式は3500型でしたが、1971(昭和46)年に3000型に形式変更されています。1977(昭和52)年から4両固定の中間車2両を別の4両固定に連結させて、一部の編成が6両固定になりました。中間車を抜かれた4両固定は、モハ3100+クハ3400形による2両固定となり、6両固定8編成、4両固定14編成、2両固定15編成となりました。
 1987〜1992(昭和62〜平成4)年にかけて廃車されており、一部は上毛電鉄へ譲渡されて6両は部品確保用、2両固定9編成は 310系として活躍していましたが、 350系(元・東武3050型)との代替により廃車されました。モハ3505号車は群馬県前橋市東大室町の清華幼稚園で保存されています。
3000型・編成表 [1986(昭和61)年4月1日現在]
3000型  134両
← 柏
モハ3100 サハ3200 モハ3300 サハ3200 モハ3300 クハ3400
[3102F] 3102 3203 3303 3202 3302 3402  旧塗色車
[3105F] 3105 3206 3306 3205 3305 3405  旧塗色車
[3111F] 3111 3212 3312 3211 3311 3411
[3113F] 3113 3214 3314 3213 3313 3413  旧塗色車
[3116F] 3116 3217 3317 3216 3316 3416  旧塗色車
[3123F] 3123 3224 3324 3223 3323 3423  旧塗色車
[3125F] 3125 3226 3326 3225 3325 3425  旧塗色車
[3128F] 3128 3229 3329 3228 3328 3428  旧塗色車
モハ3100 サハ3200 モハ3300 クハ3400
[3101F] 3101 3201 3301 3401  旧塗色車
[3104F] 3104 3204 3304 3404  旧塗色車
[3107F] 3107 3207 3307 3407
[3108F] 3108 3208 3308 3408
[3109F] 3109 3209 3309 3409
[3110F] 3110 3210 3310 3410  旧塗色車
[3115F] 3115 3215 3315 3415  旧塗色車
[3118F] 3118 3218 3318 3418  旧塗色車
[3119F] 3119 3219 3319 3419
[3120F] 3120 3220 3320 3420  旧塗色車
[3121F] 3121 3221 3321 3421  旧塗色車
[3122F] 3122 3222 3322 3422  旧塗色車
[3127F] 3127 3227 3327 3427
[3130F] 3130 3230 3330 3430
モハ3100 クハ3400
[3103F] 3103 3403  旧塗色車
[3106F] 3106 3406  旧塗色車
[3112F] 3112 3412
[3114F] 3114 3414  旧塗色車
[3117F] 3117 3417  旧塗色車
[3124F] 3124 3424
[3126F] 3126 3426  旧塗色車
[3129F] 3129 3429
モハ3500 クハ3600
[3501F] 3501 3601
[3502F] 3502 3602  旧塗色車
[3503F] 3503 3603
[3504F] 3504 3604
[3505F] 3505 3605  旧塗色車
[3506F] 3506 3606  旧塗色車
[3507F] 3507 3607
主な運用区間
東武野田線 : 船橋〜大宮間
 3000型は東上線の川越電車区と野田線の七光台電車区に配属されていましたが、1972(昭和47)年に全車両が七光台電車区の所属となりました。運用区間は、野田線の船橋〜柏〜大宮間の運用で、車体長(18m3扉)と非冷房の関係で2080型との共通運用に充当されていました。
3050型
館林駅で発車を待つ3152号編成
撮影日 : 1987年頃
撮影地 : 東武小泉線
撮影者 : 東武電車フォーラム( KH )
3050型(3151〜3160号編成/4両固定・3551〜3564号編成/2両固定)
 通称「PR」と呼ばれていた54型(主電動機の出力110kW)電車を車体更新させた車両で、1971〜1973(昭和46〜48)年までに4両固定10編成、2両固定14編成が更新されました。3000型は乗務員室全体の奥行が 1,113mmでしたが、3050型から運転台側のみ客室側へ拡大され、奥行が 1,600mmとなりました。2両固定の3554〜3564編成と3070型は、乗務員室全体の奥行が 1,420mmに変更されています。
 1992〜1996(平成4〜8)年にかけて廃車されており、1996(平成8)年4月29日には、小泉線(館林−西小泉間)にて3152編成と3157編成による「さよなら運転」が行われました。一部は上毛電鉄へ譲渡されて2両固定7編成が 350系として活躍していましたが、 700系(元・京王3000系)との代替により廃車されました。
3050型・編成表 [1991(平成 3)年4月1日現在]
3050型  68両
← 浅草 ・ 柏
モハ3150 サハ3250 モハ3350 クハ3450
[3151F] 3151 3251 3351 3451
[3152F] 3152 3252 3352 3452
[3153F] 3153 3253 3353 3453
[3154F] 3154 3254 3354 3454
[3155F] 3155 3255 3355 3455
[3156F] 3156 3256 3356 3456
[3157F] 3157 3257 3357 3457
[3158F] 3158 3258 3358 3458
[3159F] 3159 3259 3359 3459
[3160F] 3160 3260 3360 3460
モハ3550 クハ3650
[3551F] 3551 3651
[3552F] 3552 3652
[3553F] 3553 3653
[3554F] 3554 3654
[3555F] 3555 3655
[3556F] 3556 3656
[3557F] 3557 3657
[3558F] 3558 3658
[3559F] 3559 3659
[3560F] 3560 3660
[3561F] 3561 3661
[3562F] 3562 3662
[3563F] 3563 3663
[3564F] 3564 3664
主な運用区間
東武佐野線 : 館林〜葛生間
東武小泉線 : 館林〜西小泉間・東小泉〜太田間
東武桐生線 : 太田〜赤城間
 3050型は、館林検修区と春日部検修区(大師線用)、七光台検修区に配属されていましたが、1974(昭和49)年以降は館林検修区を主体に、一部は七光台検修区の所属となりました。館林検修区所属の車両は伊勢崎線の館林以北の全線に運用があり、とくに小泉線・佐野線・桐生線といった支線で活躍していました。
3070型
クハ3672号車のパンタグラフに注目
撮影日 : 1987年頃
撮影地 : 東武日光線
撮影者 : エムジェー様
3070型(3171〜3176号編成/4両固定・3571〜3575号編成/2両固定)
 かつて優等用車両であった5310型や5320型、5800型などを車体更新させた車両で、1974〜1975(昭和49〜50)年にかけて、4両固定6編成、2両固定5編成が更新されました。更新当初の形式は5100型でしたが、78型の車体更新車を5000型にするため、1979(昭和54)年に3070型に形式変更されています。モハ3176、3376号車の2両は、直角カルダン試作車として電装された5700型の台車(FS−106)を使用していたため、3000型の系列で唯一台車ブレーキ式(他は車体ブレーキ式)となっています。
 1995〜1996(平成7〜8)年にかけて、他社へ譲渡されることはなく廃車されました。1996(平成8)年4月27日には、日光線の藤原〜新栃木間にて3571編成+3574編成による「さよなら運転」が行われました。
製造後の変更点
 1982(昭和57)年、日光線の勾配区間での空転防止対策として、2両固定の全車両に散砂装置が設置されました。モハ3570形の第1軸とクハ3670形の第4軸に散砂用の配管が設けられ、運転室仕切壁の客室側には砂箱が運転台側と車掌台側にそれぞれ設置されました。
 1986(昭和61)年、クハ3671〜3673号車の東武日光寄りに、氷結除去用として無集電の下枠交差式パンタグラフが1基増設されました。
 1987〜1990(昭和62〜平成2)年にかけて、4両固定の3171〜3173編成と2両固定全車両のモハにパンタグラフが1基増設されることになり、クハ3671〜3673号車に設置されていたパンタグラフは撤去されました。増設時はモハ3173・3373号車を除いて下枠交差式パンタグラフが使用されていましたが、後に菱形パンタグラフに交換されています。また増設時のパンタグラフは無集電でしたが、後に集電可能になりました。
3070型・編成表 [1995(平成 7)年4月1日現在]
3070型  34両
← 浅草
モハ3170 サハ3270 モハ3370 クハ3470
[3171F] 3171 3271 3371 3471
[3172F] 3172 3272 3372 3472
モハ3170 サハ3270 モハ3370 クハ3470
[3173F] 3173 3273 3373 3473
モハ3170 サハ3270 モハ3370 クハ3470
[3174F] 3174 3274 3374 3474
[3175F] 3175 3275 3375 3475
[3176F] 3176 3276 3376 3476
モハ3570 クハ3670
[3571F] 3571 3671
[3572F] 3572 3672
[3573F] 3573 3673
[3574F] 3574 3674
[3575F] 3575 3675
主な運用区間
東武日光線 : 藤岡〜東武日光間
東武宇都宮線 : 新栃木〜東武宇都宮間
東武鬼怒川線 : 下今市〜新藤原間
野岩鉄道会津鬼怒川線 : 新藤原〜会津高原間
 3070型は、新栃木検修区と七光台検修区に配属されていましたが、1984(昭和59)年に全車両が新栃木検修区の所属となりました。日光線(藤岡〜東武日光間)や宇都宮線の普通列車に充当されたほか、早朝と深夜には野岩鉄道会津鬼怒川線の会津高原まで直通する列車もありました。
3000・3050・3070型の写真はこちら
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