更新 : 2017/08/11
公開 : 2006/09/20
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▲ 晩年の2000型の車内
 2000型は地下鉄日比谷線との相互直通運転用の車両として、東武・東急・営団(現東京地下鉄)の3社による統一車両規格に基づいて製造されました。車体は全金属製で車体長18mの3扉車で、側扉は東武初の両開き式となりました。台車はアルストーム型のTRS- 61M(FS-340)となり、通勤型車両としては初めて空気バネが採用されています。
 室内の壁はアルミデコラ張りとなり、初期車には客室照明にグローブ(照明カバー)が設置されていました。天井にはファンデリア(強制送風機)が千鳥状に配置されており、冬になると上の写真のようにフタをしていました。側窓と妻窓は上窓下降・下窓上昇式でしたが、地下鉄用のため開口できる高さが小さくなっていました。
 しかし、地下鉄直通用車両の冷房化の必要性から 20000型への代替が始まり、1988〜1993(昭和63〜平成5)年にかけて廃車されました。1993(平成5)年8月1日には2118編成による「さよなら」運転が行われ、セイジクリーム色の車両も見納めとなりました。
2000型
2118号編成による「さよなら」列車
撮影日 : 1993(平成5)年8月1日
撮影地 : 東武伊勢崎線
撮影者 : 東武電車フォーラム
第1次車(2101・2102編成/4両固定)
 1961(昭和36)年、4両固定2編成が製造されました。当初は正面貫通扉のサボ受けや車掌台側の運番表示装置、誘導無線用の棒状アンテナ等は設置されていませんでした。
第2次車(2103〜2110編成/4両固定)
 1962(昭和37)年、地下鉄日比谷線(北千住−人形町間)の直通運転開始に伴い、4両固定8編成が増備されました。車両正面の前照灯の上部に手摺が追加されたほか、当初からATCと誘導無線装置が装備されていました。
第3次車(2351+2250〜2360〜2260編成/中間車2両)
 1964(昭和39)年、地下鉄日比谷線の北千住−中目黒間の全線開通にあわせて、4両固定10編成が6両固定化されました。第3次車は増結用の中間車2両で、形式はモハ2350+モハ2250形として区別されていました。
固定連結器側の妻側貫通路の幅が 1,100mmから 850mmとなり、モハ2350形側に妻引戸が設けられました。また、第3次車から客室照明のグローブ(照明カバー)が廃止されました。
第4次車(2111〜2114編成/6両固定)
 1966(昭和41)年、6両固定4編成が増備されました。当初から6両固定として製造されたため、第3次車と同じくモハ2350形側に妻引戸が設けられたほか、全車両の室内照明のグローブが廃止されています。
第5次車(2115〜2118編成/6両固定)
 1968〜1969(昭和43〜44)年にかけて、6両固定4編成が増備されました。1967(昭和42)年に1720系が高速運転時の安定性向上のため、台車をアルストーム式のTRS- 60M(FS-334)からS形ミンデン式のTRS- 67M(FS-370)に交換しており、余剰となったアルストーム式台車が下記のように2000型の第5次車に転用されています。
1721編成 2115編成
1751編成 2116編成
1731編成 2117編成
1741編成 2118編成
 車体関係では、正面の前照灯脇に手摺が追加されたほか、台枠構造と外板部がユニット構造に変更されたため、車体のすそ部に丸みが付きました。また、側窓の窓枠摺動部の構造も変更されたため、上部隅のRが廃止されています。
第6次車(2119・2120編成/6両固定)
 1970(昭和45)年、6両固定2編成が増備されました。台車がアルストーム式のTRS- 61M(FS-340)となった以外は、第5次車と同一の仕様となっています。
第7次車(2551+2651〜2570+2670編成/中間車2両)
 1971(昭和46)年、地下鉄日比谷線の輸送力増強のため、2000型全編成(6両固定20編成)を8両固定化することになりました。第7次車は増結用の中間車2両で、形式はモハ2550+モハ2650形として区別されました。6両固定化の際に増結された第3次車(モハ2350+モハ2250形)と同一で、車体は第5次車以降と同一の仕様となっています。
製造後の変更点
 1967(昭和42)年9月28日に中目黒駅の引上線で発生した衝突事故により、モハ2109が脱線大破したため、1968(昭和43)年6月にナニワ工機(アルナ工機)で車体新製されました。
 1968(昭和43)年1月27日に火災事故を起こしたモハ2362は、同年11月にナニワ工機(アルナ工機)で車体新製されています。
 1988(昭和63)年から2080型の種車に1971(昭和46)年製の2000型の中間車モハ2550+モハ2650形のみ使用することになり、2113編成と2108編成が下記のように変則的な編成になりました。
← 中目黒
モハ モハ モハ モハ モハ モハ モハ モハ
[2113F] 2113 2213 2363 2263 2356 2256 2313 2413
 1988(昭和63)年3月、2181編成の6両分の種車を確保するため、同年2月に廃車された2110編成からモハ2560+モハ2660を確保、同年3月に廃車された2106編成からモハ2556+モハ2656を確保しましたが2両分の種車が不足していました。そこで、廃車される予定がない2113編成からモハ2563+モハ2663を確保する代わりに、廃車された2106編成のモハ2356+モハ2256を組み込んだため、2113編成が変則的な編成になりました。
← 中目黒
モハ モハ モハ モハ モハ モハ モハ モハ
[2108F] 2108 2208 2551 2651 2558 2658 2308 2408
 1988(昭和63)年12月、廃車された2101編成のモハ2551+モハ2651を2108編成のモハ2358+モハ2258と差し替えたため、2108編成が変則的な編成になりました。1989(平成元)年1月に廃車された2102編成からモハ2552+モハ2652を確保、同年10月に廃車された2108編成からモハ2551+モハ2651+モハ2558+モハ2658を確保して、2182編成の6両分の種車を確保しました。
 1992(平成4)年6月16日に中目黒駅の引上線で発生した衝突事故により、モハ2116が大破したため、2116編成は廃車されました。
2000型・編成表 [1987(昭和62)年4月1日現在]
2000型
[日比谷線対応車]
160両
← 中目黒
モハ2100 モハ2200 モハ2350 モハ2250 モハ2550 モハ2650 モハ2300 モハ2400
[2101F] 2101 2201 2351 2251 2551 2651 2301 2401
[2102F] 2102 2202 2352 2252 2552 2652 2302 2402
[2103F] 2103 2203 2353 2253 2553 2653 2303 2403
[2104F] 2104 2204 2354 2254 2554 2654 2304 2404
[2105F] 2105 2205 2355 2255 2555 2655 2305 2405
[2106F] 2106 2206 2356 2256 2556 2656 2306 2406
[2107F] 2107 2207 2357 2257 2557 2657 2307 2407
[2108F] 2108 2208 2358 2258 2558 2658 2308 2408
[2109F] 2109 2209 2359 2259 2559 2659 2309 2409
[2110F] 2110 2210 2360 2260 2560 2660 2310 2410
[2111F] 2111 2211 2361 2261 2561 2661 2311 2411
[2112F] 2112 2212 2362 2262 2562 2662 2312 2412
[2113F] 2113 2213 2363 2263 2563 2663 2313 2413
[2114F] 2114 2214 2364 2264 2564 2664 2314 2414
[2115F] 2115 2215 2365 2265 2565 2665 2315 2415
[2116F] 2116 2216 2366 2266 2566 2666 2316 2416
[2117F] 2117 2217 2367 2267 2567 2667 2317 2417
[2118F] 2118 2218 2368 2268 2568 2668 2318 2418
[2119F] 2119 2219 2369 2269 2569 2669 2319 2419
[2120F] 2120 2220 2370 2270 2570 2670 2320 2420
主な運用区間
東武伊勢崎線 : 北千住〜東武動物公園間
地下鉄日比谷線 : 中目黒〜北千住間
 2000型は、8両固定20編成が伊勢崎線の春日部検修区に在籍していました。運用区間は、中目黒〜東武動物公園間の地下鉄日比谷線直通運用を中心に活躍していました。日比谷線との直通運転開始前には、習熟運転を兼ねて浅草行きに使用されていたこともありました。
2080型
江戸川橋梁を渡る2181号編成
撮影日 : 1990(平成2)年11月12日
撮影地 : 東武野田線
撮影者 : 姫乃太郎 様
2080型(2181・2182号編成/6両固定)
 1988〜1989(昭和63〜平成元)年にかけて、6両固定2編成が2000型の修繕・改造工事によって登場しました。2000型の廃車対象の編成のうち、1971(昭和46)年製の中間車モハ2550+モハ2650形だけを集めて、野田線の輸送力増強用に転用されました。
 改造の種車がすべて中間車なので運転台を取り付ける工事が行われ、 20000型に準じた非貫通型の前面スタイルとなりました。また、車体の塗装が現行色に変更されたほか、非常報知装置設置に伴い側表示灯が追加されています。野田線用なので、2000型と同じ全電動車にすると出力過剰になってしまうため、6両中2両は電装解除されて加速度は 3.0km/h/sから 2.0km/h/sまで下げられました。
室内関係については、乗務員室の仕切壁も 20000型に準じたものとなり、腰掛の色が金茶色から緑色に変更されています。
 しかし、1992(平成4)年12月1日から野田線の車両を冷房付き20m車で統一されることになり、同年に廃車されました。
2080型・編成表 [1992(平成 4)年4月1日現在]
2080型  12両
← 柏
モハ2180 モハ2280 サハ2380 サハ2480 モハ2580 モハ2680
[2181F] 2181 2281 2381 2481 2581 2681
[2182F] 2182 2282 2382 2482 2582 2682
主な運用区間
東武野田線 : 船橋〜大宮間
 2080型は、6両固定2編成が野田線の七光台検修区に在籍していました。運用区間は野田線の船橋〜柏〜大宮間で、車体長(18m3扉)と非冷房の関係で3000型の共通運用に充当されていました。
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