更新 : 2016/07/20
公開 : 2003/11/26
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東武線で活躍していた5700型の思い出を振り返りたいと思います。
東武日光駅に到着した5700型
撮影日 : 1990.10.28
撮影地 : 東武日光線
撮影者 : 東武電車フォーラム
1991(平成3)年7月20日、当時東武一の人気者だった5700型(通称:ゴーナナ)が惜しまれながら引退しました。今から10年以上も前の話になってしまったわけですが、当時の私の思い出話をご紹介したいと思いますので、お付き合い頂けたら光栄でございます。また、ご紹介する画像は、当時中学生だった私が撮ったもので、保存状態も決して良好とは言えない状態でした。お見苦しい画像が多いですが、当時の資料ということでご容赦下さいませ。
東武5700型、この形式を聞いて「知らない」と答える東武ファンはいないでしょう?(でも最近ではいるんでしょうね、時代は変わったものだと実感・・・・)
1951(昭和26)年に東武鉄道の戦後初の特急専用車両としてデビュー、以来40年間色々と立場を変えながら1991年まで活躍しました。1990年前後はダイヤ改正の度に「ついに引退か?」なんて噂が立っては消えていきました。ですが、恐れていた「引退」が遂に決定してしまいました、それが1991年の夏でした。
ゴーナナとの出会い
← 浅草駅に到着した温泉臨時快速5152レ

1991.03.?  浅草駅
102F&6158Fと並ぶ臨時快速3066レ5701F他6両 →

1990.10.21  東武日光駅
ここで私と5700型の出会いを語らせていただきましょう。
東武5700型という電車の存在を知ったのは1990年の夏でした。いつも通り乗った東上線の車内で見慣れない古い電車の写真が載った中吊り広告を発見しました。それは「新旧特急列車体験ツアー」という企画でした。その車両の顔を見て衝撃が走ったのです。昔、東上線で見た7300・7800型の顔にそっくりでした。幼少のころにいつのまにか姿を消してしまった7300・7800型ですが、その顔はハッキリと覚えてました。似た顔をした元特急車が東武線上に存在していたというのは驚きでした。当時、私は中学生でしたが、どうしても行きたいと思い、親に借金をして申し込みをしました。
当日は日光までの往路が5700型で、復路がその年デビューした新特急スペーシアでした。スペーシアは私にはどうでもよくて、とにかく5700型に乗れるということでもうテンションあがりまくっておりました。夏の真っ盛りで気温は優に30℃を超えていました。5700型はもちろん非冷房車ですので車内はムシムシでしたが、とても楽しい日光までの乗車でした。そして、そのツアーの翌日から私の5700型追っかけ日光詣が始まりました。
手前は15時50分発の臨快3066レ北千住行。
奥は16時25分発の臨快5096レ浅草行。
撮影日 : 1990.10.28
撮影地 : 東武日光線
撮影者 : 東武電車フォーラム
困ったことに5700型は殆どの運用が団体専用列車で、一般客は乗車できない列車ばかりでした。その後、2回目の乗車が出来たのは、1990年10月に運転された紅葉シーズンの臨時快速でした。この時は雑誌にダイヤが出ていたので、狙い撃ちして日光まで乗車しました。もちろん帰りも5700型で帰りました(懐かしい「快速急行だいや96号」のスジの5096列車でした)その後シーズン中は何回通ったでしょうか?(笑)
← 1991年のお正月は北千住行1本のみ

1991.01.02  東武日光駅
引退前の最後の多客臨に充当された5700型 →

1991.05.03  新大平下駅
そして、嬉しいことに5700型を追っかけることによって、素晴らしい仲間にも沢山出会いました。臨時快速シーズンは年末年始もありまして、僅かながら臨時快速で運転されました。余談ですが、1991年の年始の2・3日に数年振りに「快速急行だいや96号」が運転されました。「お!5700型が充当か?」と思いましたが、残念ながら運用が空いていた6050型6両が充当されました。(今思えば、これをなぜ撮影しなかったのかと悔やまれます・・汗)そして、1991年に入った時に仲間内で出回った情報が「 300系登場」の話題でした。 300系登場によって「快速急行が消滅」⇒「急行を新設」⇒「快速急行運用を離脱した6050型が団体専用・臨時電車に充当可能になる」⇒「5700型が余剰になる」⇒「5700型引退」という図式が成り立ってしまったわけです。まだ5700型の存在を知ってから1年も経ってないのにもう引退とは・・でも車体はもうボロボロだし、冷房なしの電車でしたが貫禄があるおじいちゃん電車でした。そんなわけで、「ゴーナナに乗れる機会はすべて乗る」をモットーに過ごすことにしたわけです。その後温泉臨快(冬の午前中に運転される浅草行快速)にも乗車して、最後の気軽な乗車チャンスとなった5月のGW〜毎週末はなるべく乗車するようにしました。
← 7月12・13日に運転された「さようならツアー」号

1991.07.13  東武日光駅
館林方面の営業列車としての運転はこの日が最後 →

1991.07.16  館林駅
5700型の引退前の明るい話題といえば、鉄道友の会より「エバーグリーン賞」を受賞しました。授賞式は1991年3月24日に業平橋駅5番線(地平ホーム)で行われ、鉄道友の会関係者を乗せた受賞記念列車が業平橋−新栃木間を1往復しました。そして、7月21日にダイヤ改正が決まり、引退のXデーがその前日となる20日に決まりました。7月13・14日には東武トラベル主催の「さよならツアー」も開催、記念のヘッドマークを付けて運転され、多くのファンが沿線で見届けました。引退1週間前の16日には伊勢崎線館林方面への最終入線、18日には野田線運河までの最後の入線になりました。
ゴーナナ引退
最後の旅客輸送になった「さようなら5700系」列車
撮影日 : 1991.07.20
撮影地 : 東武日光線
撮影者 : 東武電車フォーラム
Xデーの7月20日、窓から見える天気はどんよりとした曇り空・・・・・午前中は学校へ行って一学期の終業式をそそくさと済ませて、帰宅して一路日光へ向かいました。浅草12時20分発の快速に乗り込むと、とうとう雨が降ってきてしまいました。14時26分に東武日光に到着すると、ホームには沢山のファンの姿が・・ここで仲間達と合流してゴーナナ入線を待ちます。
15時01分、ゴーナナがゆっくりと5番線に入線、雨で塗れた車体は最後の涙を感じさせるようななんとも寂しい姿でした。記念のヘッドマークが付けられて一気に撮影会状態になりまして、私も必死で撮っていました。この列車は事前申込制で、当選した人のみが乗れるようになっていました。受付で当選葉書を出して乗車整理券を貰うとなんとモハ車でした!乗車整理券も5700型の写真が入ったもので、いい記念になりました。5番線の改札よりでは発車式典が開催され、当日の乗務員と当時の東武日光駅長に花束が贈られました。ヘッドマークには「さようなら5700系・長い間ありがとうございました」と書いてあるのが寂しさを増します。
16時25分、お馴染みの「快速急行だいや96号」のスジで最後の旅が始まりました。東武日光駅では発車ベルの変わりに「蛍の光」が流れ、もう来ることのない東武日光駅を発車しました。雨はだんだんと弱くはなっていましたが天気はよくない、でもそんな状況下でも最後の勇姿を記録しようと沿線には多くのファンが見受けられました。
← エバーグリーン賞受賞列車で配られた乗車整理券
7月のさようならツアーで配られた乗車整理券 →
車内では記念品の下敷きが配られていました(記念乗車証は後日郵送になりました)私も仲間内との談笑もそこそこに最後の車内をうろうろしていたのを覚えております。電車は快調に走り18時40分定刻に浅草駅4番線に入り最後の旅が終了しました。電車が到着すると最後の留めのフラッシュが焚かれ、私も1枚・2枚と撮影していました。18時49分、もう入線することのない浅草駅を発車する際には、歓声と惜しみない拍手が送られていました。私は下り電車に乗り込んで西新井で退避している5700型のもとへ向かいました。いつもの臨時快速の回送列車だと北春日部までノンストップでしたが、この日は北春日部に帰るのを拒むかのように退避ばかりで西新井・草加・大袋・春日部で退避をして入庫しました。
東武線上で一番好きだった車両が居なくなるのはとても寂しいことでした。翌日に実施されたダイヤ改正では、特急列車の大多数がDRCからスペーシアに置き換えられ、この1ヶ月弱後にDRCが引退へと追い込まれたわけです。そして、5700型を引退へと追い込んだ張本人300・350系がデビューして、同時に「快速急行」がすべて「急行」に変更され、新愛称の「南会津」「きりふり」「ゆのさと」がデビューしたわけです。この時のキャッチコピーが「あの人もこの人も白い急行で」なんか憎かったなぁ(笑)
現在は、5700型を引退に追い込んだ300系・350系も末期の「ゴーナナ」と同じような運命を辿っているのは祟りなのでしょうか?そんな私も最近は 300系を追うようになりましたけど・・・・。
現在のゴーナナ
← カバーが掛けられて放置されていた頃の5701F
レストラン「マスタードシード」として残る5703F →
現在でも残っている5700型ですが、埼玉県吹上町にレストランとして残る5703編成があります。そのうち、モハ5703号の顔だけは兵庫県にあった車両メーカー「アルナ工機」さんで展示されていましたが、現在は東武博物館の館内へ移設されて展示公開されています。
5701編成は、東武動物公園駅構内でカバーを掛けられた状態で数年間放置されていましたが、東武博物館のリニューアルにあわせてモハ5701号だけ登場時の姿に復元されて展示されています。
いかがでしたか?もう5700型が引退して10年以上が経とうとしています。
あの頃の車両達の思い出は、また機会があればご披露したいと思います。
5700型の写真はこちら
も ど る